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【結成記念日!祝11周年!】私が℃-uteを好きになった日

只今、℃-ute FCイベント2016「キューティー・ランド10 ~℃-ute結成11周年 FC大感謝祭~」の1回目、2回目に参加して帰宅の途中です。6月11日、℃-uteは11周年を迎えました。昨年は節目の10周年、横浜アリーナでの公演となりましたが今年はFC限定イベントでお祝いです。イベントのレポートは明日以降書きますが、記念日なので今日は私と℃-uteの勝手ななれそめを残しておきたいと思います。

 
 

私はいわゆるハロプロ出戻り組です。

私の中でのハロプロの第一の波は2000年〜2003年頃。モーニング娘。が好きでした。つまり、℃-uteメンバーがハロプロ入りしたハロー!プロジェクトキッズオーディションは、リアルタイムで追っていたんです。言うなら、募集要項プリントアウトしてたんです。でもこのオーディション、年齢制限の他に東京に通える範囲に在住って条件がありました。幼かった私は万が一、才能があったらそんな条件ふっとばして合格ならないかなぁと思いつつも、プリントアウトで留まりました。選ばれた15人の子たちはイキナリ映画に出てました。なんだ、普通の子たちなのに、ズルいなぁ、それが当時の私の気持ちです。それなのにモーニング娘。のメンバーとユニットを組む子が出たり、その子たちでグループが出来たり、分からんなぁなんて思っているうちに、私とハロプロの距離も離れてました。
 
 
でもなんとなくはチェックしてましたよ。
へー、グループ組んだ子たちの残りの子たちに、グループ名付いたんだって。
 
 
時は流れ私は大学生になってました。決定的なカムバックの瞬間は覚えてませんが、またハロプロの動画を見るようになってた私。目に映ってたのはBerryz工房でした。それでも小さい頃と最初から一致したのは雅ちゃんくらい。あの頃から派手だったからなぁ。久々に体験したハロー!プロジェクトグループのコンサートもBerryz工房でした。2011年4月週刊Berryzタイムス名古屋公演。その頃、モーニング娘。に加入した9期メンバーも気になるように。9期集合の写真が好きで、よく買ったなぁ。
 
 
2012年末、気づくと私は℃-uteの単独コンサートに行っていました。いや、その前に個別握手会に行ってたっけ?何がきっかけか考えると、私の中で『世界一HAPPYな女の子』という曲がクリーンヒットだったのです。あの衣装のカラフルな感じも、歌も。女の子っていいなぁって思わせてくれたんですよね。そして歌詞の「小さな頃信じてた/大きくなればテレビ出て/可愛い服で歌を歌うと」が恥ずかしながら、まさに自分だったんです。ちなみに℃-uteで小さい頃と最初から一致したのは、千聖と舞ちゃん。やっぱりあの2人は小さいからこそ目立ってた。
 
 
私の推しが愛理ちゃんになった日は、決してそのヒットが放たれた時ではありませんでした。それは2012年4月12日。そう愛理ちゃんの誕生日。その日は授業が休講になったのか、記憶が曖昧ですが名古屋に行く時間があり、ハロショに足を運んだのです。そこで誕生日限定の写真を購入した日、それが私と愛理ちゃんの関係の始まりでした。何人かいた何となく好きなハロプロメンバーから、飛び出した日。好きに理由は無いと言うけれど、まさにそれで引き寄せられたに近いかもしれません。
 
 
℃-ute11年の歴史からしたら、私は新参です。いくら小さい頃をオンタイムで見たぞ!って言っても、当時はいくら頑張っても素直には見れなかったなぁ。知ったかぶりで過去を語るより、この子たちの「これから」を一緒に見ていきたい。その為には社会人になった今、好きで居られてよかったとも思うのです。時間は希望休で作り出してる分もあるけど、経済的にも今じゃないとこんなにかけれないよ。「℃-uteを好きな人が居なくなったら私たちは活動が出来ないんです」昨年の横浜アリーナ岡井千聖が発した言葉。そうなんですよ、やっぱり。好きな形はもちろん色々あって、どんな形も大切だけど、結果がでなきゃ続かない。だから私は、今の私に出来る方法で℃-uteを応援しています。
 
 
これからも何度も書いちゃうと思うけど、ハロプロキッズを見てた私が、℃-uteを好きになる日が来るなんて思っても見なかった。初めての遠征が℃-uteになるとも思ってなかった。初めての日本武道館℃-uteになるなぁ。また9日後、会いに行ってきます。